
こんにちは、いかがお過ごしでしょうか?
現在5月の連休時期です。皆様いろんな状況でウイズ・コロナの時を過ごしていらっしゃる
と思います。ビル・ゲイツがこの試練は「今を生きる世代の最大の出来事になる」と言って
ますが、世界中が多かれ少なかれその影響から逃れることは出来ないのでしょう。
でも、こんな時だから普段できない事をしたり勉強したりで、偶然素敵なメッセージや、ガツ
ンとくる啓発に感銘を受けたりもしませんか?私の場合、ここ最近で目を覚ましてくれた本が
ありました。
Contents
Think clearly
「Think clearly シンク・クリアリー」ロルフ・ドベリさんの本です。52の”見識”が紹介され
ています。前回の記事、そして今回、次回もこの本から得た刺激をもとに自分なりにアウト
プットしたいと思います。
人生における様々な状況を哲学や行動経済学、科学などの例えでわかりやすく書かれた指南
書のような内容です。こう言う本を書く人はさぞかし「考える」のが好きなんだと思うので
すが、私に影響を与えた項では「考えても仕方がない」と言ってます。
よく考えられた内容の本の作者から考えすぎるなと言われれば説得力もあります。

「思考の飽和点」
自己内観による錯覚
ロルフさんはここで心理学の「自己内観による錯覚」を説明してくれます。これは自分の
思考を省みるだけで、自分が実は何に向いているのかや、何にもっとも幸せを感じるのか、
また自分の人生の目標や人生の意義までも徹底的に究明できると言う「思い込み」を表す
言葉だと教えてくれます。
「え!思い込み」
ブログまで作って、人生振り返りつつ思考を整理整頓している現在進行形の私にはまさしく
”ガツン”とくる言葉です。
そこで重要なことは
自分の思考を探ってみても最後にたどり着くのはおそらく、気分の波と、取り留めもない
感情と、曖昧な思考だらけの混沌とした泥沼だけだ。
だから考えるのは「思考の飽和点」までにしておこう。
そしてここが重要だと思うのですが
そのポイントにたどり着いたら、懐中電灯は一旦消して、今度はサーチライトに切り替え
よう。と言ってます。

これはどう言う事を言ってるのでしょう?自分なりの解釈は懐中電灯は所詮足元や手もと
を照らすだけです。それよりも、動きながらつまり行動しながら考えることが、(行動し
たことで得られる)発見や視野を生かすことがサーチライトへと繋がるよと言っていくれ
てるのだと思いました。
つまり、このブログも思考の議事録で、考えをまとめたりには役に立つが、それはやはり
懐中電灯ぐらいの灯りにすぎない。でもその灯り(アイデア)を生かして前に進んでいけば
もっと良く見えてくるし灯りも大きくなる。
行動と思考をセットにする事で本当に役に立つサーチライトになり得るのでしょう。
この辺りは私の解釈になるので、興味がある方はぜひ本を読んでください。
前方に目を凝らしてひた走る
駅前のロータリーをグルグル回っている
現役中は会社の将来を占うべき部署で中期計画の策定など見ていましたが、こちらも濃霧の
中を進む車のようで、「前方の障害物は見えない、こっちでいいと思うが。。」と言う不安
の中でしかし計画は楽観的に考える日常でした。
確かなものは足元の状況と、バックミラーに写る光景だけが「真実」なので次第にフロント
ガラスでは無くバックミラーを見ながら運転するようになります。そうしますと「あれ?何
か同じ場所を回ってない?ここは駅前のロータリー?」と言うデジャブを感じたりします。

しゃにむに行動しても、標識はないし、出口の案内もないない。そうするとだんだん不安
感がもたげてきて、出会い頭のトラブルが怖くなり自ずとアクセルも緩めます。こう言う
落ち着かなさですね。「外にはいいこと言っているけどうちの会社成長してなくね?」と
思うことがよくありました。
方向付けをする
新規事業などの経験から思うのは、今更ながらに「サーチライト」の比喩がわかっていれ
ば、もっと良くメンバーに状況を伝えられたように思います。考えた方向に小さくとも懐
中電灯を持って進んでいけばそれがサーチライトに変わると。
片っ端からテストする
今の私にこの比喩を活かすには、決めた方向付けのアイデアを端から試す事です。
「勇気とは恐怖心を抱いていない事ではなく
恐怖心を抱いていても行動する度胸が
あるという事だ」
アレクサンダー・ロックハート
では行動しましょう。私はこのGW中にメールマガジンを用意してかつての得意先に出して
みようと思います。(5月1日に1号を配信)ここから自分のサーチライトを育てようと思い
ます。
サーチライトという言葉を聞くと、この曲を聞かずにはいられません
”サーチライトを信じてる。。信じてる。。”
ではまた次回








