117:「次の3年に備える」

こんにちは、いかがお過ごしでしょうか?

 

 

 

私はこの10月で63歳になりました。このブログは定年を軸に考えていますので

区切りから3年経ったという事です。

 

60から先は大した変化や刺激もない、言ってみれば太陽系を通り抜けた先には

見える星の数も減り漆黒の闇だけが広がるイメージで捉えていました。

 

つまり定年後には何のイベントも起こらないという事です。

 

しかし、生きているれば色々と起こります。

 

当たり前なのですが、川の流れが緩やかになるとまるで湖の様に感じるのです

が実はゆっくりと緩慢に川である以上流れはあるわけです。

 

定年時に立てた計画は主に、事業の営業計画中心でした。私生活はさほど影響

が出ない、つまり流れが無いと思ってました。

 

しかし、定年前後の時期にも独立計画以前に自分のマインドコントロールに苦

労しました。その時だけかと思ってましたが私が人間的に未熟なせいもあり、

そういう事はずっと続くんだと最近は学んだ感があります。

 

どこかのレベルでマインドフルネスは免許皆伝とはいかないです

 

小学校、中高の卒業式に多少なりとも感傷的になったように惜別と未来への恐

怖がないまぜの気持ちを整理する必要があった様に、まだしばらくはこのMIX

した感覚は続くのではないかと思います。それが若さって事かもしれませんww

 

振り返ると60から63も手探りな3年間でした。歳を取っても成長してると思い

たいところです。

 

今日のテーマはそういう意味で、63歳で感じる気持ちのMIX感を書き出してみ

ました。

 

 

Contents

自分の事情

親の面倒を見る

私が今後3年間に取り組むことは実家に帰り、親の面倒を見る事です。これが

私が未来に抱く恐怖です。

 

自分の健康や親の健康は人それぞれだと思います。早くからとんでもなく困難に

直面し多大のエネルギーを必要とされている方もいらっしゃると思います。

 

そんな同志にも敬意を払いつつ、自分も実家に戻り同居・介護をなるべく早く開

始する決断をしました。

 

親の立場にたてばいますぐに!何ですが。。

 

この決断は私には住んでる拠点が変わる事、会社勤めは辞める事を意味します。

その上で独立して営業を継続していくことを考えてますから、それが地方拠点で

大丈夫なのか?合わせて2段階で希望を成立させたいと思っています。

 

 

悪いことを考えればキリは無く、都会に住めない、営業の制約、交友関係の限定

の様な不便を想定して悪く考えがちですが、良い面もあるはずでやってみるしか

ないです。

 

諸般の事情を超えて自己肯定していく

不足するのは自己肯定

親に対して無償の愛で奉仕することは子供として心から望むことです。電話など

での労い程度で済ましていた罪悪感から解放されて心も休まる事でしょう。

 

そんなやり残し感が解消できる代わりに不足すると思うのが自己肯定感です。

 

もし、営業的な広がりもなく小さなコミュニティーにとどめ置かれたらいつしか

気持ちが爆発してしまうかも知れません。「なぜやりたい事が出来ないんだと。。」

 

今会社を辞めてしまうと、社会的なつながりで残るのはコンサルの営業先と研究会

の活動、それとこのネット発信の3つだけです。

 

そういうわけで今現在はっきり見えているのは「自己肯定感が大切になるぞ」とい

う未来です。

 

自分の人生が何かの犠牲になっていると感傷に寄りかかってしまわない様に、自分

の意思で自分の人生を選択しているという確認が度々必要になると予想してます。

 

人生「自分で選んでるんだよ」OK?

薄まったと感じたら少し継ぎ足す。継ぎ足してくれるのは社会に役立っていると感じ

る事。

 

外部のコミュニティーがその役割、それがなければ家族でも良いと思っています。

自分の存在が役立つ瞬間を大事にしていきたいです。

 

 

 

3年ステップの棚卸しは有効ではないか

次のそのまた先の3年

今の3年も次の3年もいろんな事情や出来事が出て来るのだろう。

湖に浮かんでるような時間もあれば、思わぬ川の流れに驚くことも出てくるの

でしょう。

 

難しい判断に迫られる事はあるにしても多分に本能に任せるしからないのだろ

うとは心の底で思っています。

 

このブログで3年書き連ねたことが、いろんな瞬間に思い出され。「これと似た

感情があったな」と人生の重なりを感じます。

 

そういう対処法が記憶にあると、大胆に対応していけます。それは簡単で深呼吸

が役に立つよか、直感で8割は上手くいくとか。。

 

60過ぎて10代の頃のような手探りをしてるのは我ながら可笑しなもんです。

今は川の流れが湖のように感じられるタイミングなので、そんなことを言ってる

様な気もします。

 

水嵩が少し増して、流れが出て来るとそんな事が気になる瞬間は埋もれてしまう

のでしょう。

 

来年からもし仕事が増えれば、もし環境が変われば昔のように川の勢いに呑まれ

ない様、川石にぶつからない様気忙しく過ごす日々が始まるかも知れません、そ

れを望んでいます。

そうなった時には、これまでの静かな水面は懐かしく思い出されるでしょう。

 

こんなことを考えていると、今の不安感は水量が急速に減り日常にパプニングが

起こらないつまらなさへの恐怖であり、水量をもとに戻せない、このまま川底が

見えるほど干上がってしまう様な社会的活動の終着点に着いたんだとわかってし

まう怖さなんだと想像してしまいます。

 

悲観的な感情の整理をすると後ろ向きの文章が続いてしまうのですが、この1年

間前向きな活動はしているので、来年その成果が出るのではないかという期待は

あります。

 

期待は常にあるにせよ、今現在の気持ちの整理、言って見れば棚卸しの様なこと

を3年に一回はした方が良いと思います。

 

60を過ぎれれば体調管理を含め、色々とやるべき事も増えてきます。楽しいこと

もあれば天命を受け入れるしかない事もあり、多少ブルーな出来事も味わい深く

受け止められる様になります。

言ってみれば人生の紅葉の時期、色とりどりの日常です。来年は少し赤い葉を増

やしてみようと思う誕生月の想いを述べました。

さあ、頑張るぞ

 

ではまた次回

 

 

 

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