79:「自己主張をトレーニングする」

こんにちは、いかがお過ごしでしょうか?

 

 

今週はイベントが2つありました。一つが商談で、もう一つが資格試験の勉強会です。

何もない週は「何もない事」に嘆くのですが、一方でルーティーンが守れる気楽さと満足

がそこにはあります。

 

 

何かある週は、変化を望んでいたくせにルーティーンが崩れることを不快に感じます。贅

沢なものです。サラリーマンの時は就業時間がありましたから、オンタイムとオフタイム

はきちんと別れてましたが、自由な時間割が可能になるとオンタイムがオフタイムに挟ま

れたりします。

 

 

今週はちょっとその辺り緊張感に欠ける部分がありました。服装や時間管理をオフタイム

に合わせていた癖を改めなければと感じた週でした。シャントしないと両立できないです。

 

 

Contents

世の中吐き出さないと前に進めないこともある

今週の商談

今週の商談は初の商談らしい商談でした。以前お付き合いしていた方が、引き合わせて

いただいたのです。そこでとある地方百貨店様の悩みを聞く機会があったのです。

 

 

ターンアラウンドコンサルタントとして活躍されてる人にはこのような案件が常に持ち

込まれる事でしょうが、ギリギリの案件は聞いてるだけで苦しくなってきます。この時

点で相談があっても打ち手が限られることが明らかです。どれも進んで選択したくない

ことを選ぶお手伝いの難しさを感じた次第でした。

 

 

当たり前ですが、バッターボックスでうちごろの玉が打ちやすいスピードで来ることは

有りません。バッターボックスに立てるだけで良いと願っていて、いざ立つとどうにも

打ちようがないと愚痴るのは贅沢なものです。

 

 

どこまでの解決方法を提案するのかは難しい判断です。選びやすい安易な選択にするか

本質的な解決につながるが、ハードルの高い選択をお勧めするか。個人としての推奨し

たいとアイデアとビジネスとしてみた場合の無難な判断がもし違う場合、どのように考

えるのか?

 

 

自力で立ち上がる茨の道を示すか、それとも白馬の王子が来るのを待ちましょうと甘い

期待で濁すのか。。今後もこのようなケースは出るでしょうから対応法を考えなければ

いけません。これが今週起きた葛藤その一です。

 

 

 

勉強会のための勉強

8月頭に現在受講中のアサーティブ基礎トレーナー資格試験に向けて勉強中です。これは

昨年の6月からスタートし、半年かけて学習し、年明けには試験が終了してるはずのプロ

グラムでしたが、コロナでここまで遅れているのです。

 

 

今週あったのは、同じ試験を受ける仲間同士でオンラインで勉強会を行うというもので

した。トレーナーになると参加者の前に出て説明するわけですので、試験自体も前で話

す方式になります。しかも、オンラインへと大きく形式も変わりましたので、皆の前で

約20分話す練習が必要なのです。

 

 

葛藤という炎症反応

ここで頭をもたげて来るのが、「人生好きな事をやれば良い」と耳元でささやく自分と、

求められている事だけすれば良いと主張する節度尊重の自分の葛藤です。今週の2つ目の

葛藤です。

 

 

今回の試験は自分のパートを説明するのが10分、自分の考え方を説明するのが5分、質

疑応答が5分の内容です。決められた範囲をテキストに載っている内容だけを伝えれば

よく、自分の考え方を示すと言うより、いかにアサーティブが為になったかを話せば良

いのです。

 

 

それだけに徹すれば良いのです。試験なんですから、そこの資格を得るのですから。し

かし私が準備した原稿は、このトレーニングで気づかなかった事を他のエピソードを得

て始めて全体が理解できたと言う内容の物です。

 

 

捉え方によってはトレーニングの批判をするようにも聞こえます。勉強会ではそこを周

りからアドバイスの形で指摘されました。コミュニケーションやコーチング全般に言え

ますが、それぞれの団体でそれぞれのプログラムで運営されていますので、教え方の流

派のような違いがあります。

 

 

仏教を学ぶのに臨済宗の門を叩き、「開眼したのが法華経の本を読んだ事がきっかけと

なりました」と話すのはやめた方が良いと言うのが先ほどのアドバイスになります。予

定調和の流れの中で周りが静まり返るような発言は控えた方が良いのは長くサラリーマ

ン生活をしているのでそれは理解しています。

 

 

でも、今学んでいるのは「自己主張」なのです。(自分を敬い、相手を尊重した上で、

結果を自己責任で引き受ける自己主張のこと)自分の気持ちを言葉にできないまま大人

になるとあらゆる場面で聞き役や傍観者になってしまい。その感情はいつか形をとって

表面化します。

 

 

爆発的に怒鳴ったり、怒ったりまたは卑屈な姿勢で全て相手の言い分を引き受け惨めな

気持ちになったり、表面上は従うふりをしつつ不服従の気持ちを陰口や姑息な手段で表

したりします。

 

 

そうならない為には、日常的に小さな事から自分の主張をした方が良いと言う学びです。

小さな事とは、「寒いのでクーラーの調整をお願いします」「その場所を使わせてもら

っても良いか」などささやかな場面で訓練していき、仕事上のトラブルや長年のしこり

がある関係など難しい場面でも使えるようにしていくのです。

 

 

そんな自己主張の方法を学んでいるのに言いたい事を飲み込むのは納得できないと思い

ました。地方の難しい環境で商売する人へのアドバイスに口当たりの良い事を言って

少額の手数料を貰う姿勢も同じく自分の気持ちは良しとしません。

 

 

学んでいるのはまさしく自己主張

感情は溜め込むとよどむ

この1年の学びで、感情は溜まる事がわかりました。溜まった感情は蒸発する事なく、ど

こかに流れてくれるわけでもなく、淀み続けるのです。感情は言葉にして「自分はこう思

う」と適宜、適時に発言していかねばいけないのです。

 

 

旧友に言えなかった思い、親に伝えられなかった事、職場のトラブルで言葉を飲んだ事、

いくら時間が経とうともひょっとした拍子に思い返してしまいます。

 

 

空気を読む、謙虚に控える、調和に徹する。美徳にも思えますが、自分自身が納得して

ない限り、その思いは心のどこかにこびり付いてます。必ずどの場面でもできるとは言い

ませんが、「自分の気持ちを伝える」スキルがアサーティブになります。

 

 

言いたい事は言う

コミュニケーションに成功していくと自信が付きます。本来こう言う訓練は思春期から

行われるのが望ましいく、アメリカのドラマなどを見ているとこう言う自己主張の場面は

数多く出てきます。

 

 

日本人のメンタリティではここまで言うか!と驚くシーンも多いのですが。。これも幼少

期から例えばレストランのメニュー選びなど時間をかけてで自分で決めなさいと言うそう

です。(思春期には感情を司る前頭葉が発達するので、それに合わせて訓練していく)

 

 

この辺りも思い出せば、子供、特に最初の子供の時は何でも先回りして世話を焼きすぎた

記憶があります。そのせいか、やはり思春期では自己主張に苦しんでいたと思います。親

子二世代で誤っていたと今では思います。

 

 

言うにはスキルとマインドがある

もちろん自己主張には副作用もあります。言う場面や相手は自分で判断します、そして

起きる結果は自己責任になります。

 

 

アサーティブのトレーニングでは、こう言う構造を学んだ後で「人のものを頼む場合」

「人の依頼を断る場合」に分けてスキルをトレーニングします。

 

 

私の場合、ここまでたどり着くのに時間がかかりました。正しい、理想とするコミュニ

ケーションは阿吽の呼吸だからです。互いが思いやればうまくいくと思ってました。で

すので、自己主張などとんでもないと考えていたのです。

 

 

しかし、どうにも理想のコミュニケーションに至らなかった事実と、自己主張が不足し

ている(つまりビタミン不足のように)と考えると、過去を思い出しても辻褄が合うの

です。

 

 

今では完全に考えが変わり、自己主張は小さな成功(レストランの注文などで)を積み

重ね、自信がついた時点で日々のコミュニケーションでも使っていく姿勢です。ですか

ら、商談といい試験の場といい、当たり障りない事を言ってやり過ごす事はしたくない

のです。

 

では腹は決まった

もやもやした事も書き出すと決まる

ここまで書き出して、考えもまとまりました。本当に書き出すと、アウトプットすると

考えはまとまります。

 

 

そこの団体の為にしてるわけではない

資格をどのように活かすかはそれぞれだとは思います。ルールがあればそれを守るのは

当然ですが、大概グレーのゾーンはあったりします。そこに議論があるのであれば、良く

なっていくのでしょう。

 

 

資格を取った時点で終わらずに、私も議論を続けて進化していきたいと思っています。ア

サーティブを学んでいる時は、アサーティブ最高です!と言ってたりしましたが、そこか

ら進化していきたいと思います。

 

 

その指導法から少しでもズレると、資格も名乗れなくなるのかもしれませんが、(その

方面の仕事があればと言う下心もありましたが)自分の気持ち、進化したいと言う気持ち

を優先したいと決めました。

 

言ったら言ったなりの責任がある

言わないなら言わないならの責任がある

ですので、試験の答弁では自分の思うところを話したいと思います。トータルで不出来

であれば仕方ありませんし、もし受かったとしても縛りがあるのなら資格は名乗らない

で行こうと思います。

 

 

合理的な判断

商談もそうですが、そう言うアサーティブな判断を取り入れるべきかは「合理的に判断」

します。

 

喧嘩の仲裁や、被害が想定される場面での正義感による介入、指摘はアサーティブでは

推奨されていません。非合理的だからです。試験の方は自分だけの結果の受け止めです

が、商談における相談は先様あっても事ですので、私の回答は選択肢を3つ示し、それら

のメリット、デメリットを解説した上で選んでいただくことになると思います。

 

 

そんな事を考えている週末でした。皆様は難しい場面でも自己主張できますか?

今日はお付き合いいただきありがとうございます。

ではまた次回

 

 

 

スポンサーリンク
おすすめの記事