
こんにちは、いかがお過ごしでしょうか?
今日は、子育てから学んだことをテーマにしたいと思います。
私には娘が二人います、23歳と21歳です。訳あって子供が3歳と5歳の時から3人暮らし
をしています。ですので子育てにはフルで参加しました。カレー作りからお餅つき、役員
に田植えに修学旅行の準備、友達関係の揉め事、クラスの紛糾。。記憶が走馬灯〜ww

楽しかったですww、終わってしまえばですがなんでもそうですよね?泣き言言いながら
続けた記憶は大学の体育会時代と重なります。ちなみに二人とも私立だったので(学校
の環境はやはり違うと思いますので書いておきます)、濃厚な指導は規則が厳しいという
面も付属してますが、結果的に多く参加することになった父母向け勉強会が思った以上に
自分の人生に役立ちました。今日はそのことを書きます。
Contents
子供の集中力
当時の無我夢中の期間に参観で学んだことは、非常に鮮烈に覚えています。
そのうちの一つが下の子が幼稚園の時に聞いた「集中力をつけさせる」です。

幼稚園は親の送り迎えが必要ですし、子育て時代でも手間がかかる成長過程です。
10時に登園して、30分ぐらいかけて制服から着替えて、しばらく遊んで
お昼ご飯にお昼休み、で遊んで、また着替えて(時間かかる)で終了。
このありふれたルーティーンのどこに学費と手間に見合う魅力があるのか、
最初はさっぱりわかりませんでした。(制服を畳む習慣や基本的な礼儀作法がありがたい
と私が気付くまでに10年ぐらいかかりました)
その頃、とある秋ぐらいの親の勉強会で聞いた話です
「子供達はよく遊ばせないといけない。出来るだけじっくり遊ばせるのを大事にしています。
好きなことで気がすむまで遊ばせる。そうすることで、子供は一つのことに集中する。
この集中力は後からは作れない、自我の成長し始めるこの段階だから身につくのです。」

「子供が集中して遊んでいる姿は、教育熱心な親から見ると無駄な時間のようにも、見えてし
まう。その時間で目に見えるスキルを習い事で学ばせたいと考える親は多い。
しかし、大きなビルを建てる工事現場にいけばわかるが基礎工事の時間は長い。基礎さえでき
れば上物は早くできる。基礎工事は素人が覗き込んでも進捗はよくわからない。

それと同じで、この時期に習い事よりも遊びをしっかりさせる。集中して遊ぶ時代は子供は
自分なりの基礎工事をやっている大事な時間です。大きな建物を建てて欲しいなら、この時
期のこの時間は見守ってください。
学校で考え方の違いはあるが、当園ではこういう方針です。」というお話でした。
遊びと成長の関係がよくわかる話でした。よその男の子を見たり自分の小さい時を思い出して
なるほどな〜と深く感動しました。その前のお世話になっていた幼稚園は子供の出し物が多く、
踊ったり演技したり、その姿を多く映像に収めるのが父親の役割のようになってました。
またそれで満足してた自分でした。
この経験から子育て、「教育」に前向きになっていきました。

(写真の様に大きく伸びる子供を見ると楽しい)
子供の社会性を学ぶのは自宅
もう一つのエピソード、これは小学校時代で印象に残っている話です。あるお母さんが
新学期に先生へ期待することはないですか?と問われ「うちの子供に社会性を持たせたい、
先生の指導でよろしくお願いします」という発言を受けて先生の返答でした
「お母さん
お子さんに社会性をもたせるには、家庭が一番なんですよ。お父さんとお母さんは元は他
人同士。他人が集まった家庭は立派な一つの社会を表してます。
当然、他人同士、性別も違えば意見も異なる。その他人同士がどのように相手を敬い、自分
の意見を述べて、相手の気持ちも聞いて、考えを擦り合わせていくのかを子供は日常で、目
の前で見てるんです。

父と母が、互いの立場やリクエストばかり主張し、相手を全く受け入れなかったら子供はそのよ
うに学びます。無理を言えば通るんだと。そこに学校の出番はないんです。親が健全なコミュニ
ケーションをすることで子供は前向きになれるんです。教育は家が主体です。」
この話も衝撃的でした。
小学校生活では幼稚園と違い、それぞれの家庭の表情が出てきます。どういう場面で子供を叱る、
指導するも各家庭の流儀(夫婦の思想)があり、仲の良いママ友でも全く同じ考えではないことを
感じてました。
当時の私は、世の中に「ザ・教育」という校庭に引く白線のような、これが王道というものがある
なら、是非それを我が家にも引いてもらいたい。皆が納得する王道の”教え”を請いたい、そのために
私立に入れたんだと考えていました。
自分のような保護者は受け身の姿勢です。自分で考えずにお金を払って預けているから「先生お願い
します」というような姿勢でした。「家と学校」が両輪で良い刺激を伝えていくのだという気づきは
自分で学校に携わらなければ得られない学びでした。

会社で子育ての学びを生かす
そのような話を聞く機会が40代にあったことで、「これは会社でも言えることだな」と気づか
されました。部下が増えてくる時期でもあり、頭ごなしな感覚しかなかった自分にとってコミュ
ニケーションや教育に関しては学校現場に優れたアイデアが多いと思うようになりました。
会社でも上から目線の人は多いです、励ましてるようで上からです。同じくらい多いのが、自分か
ら下のポジションに潜り込む人。”さすが先輩””さすが部長”と言いながら必要以上にへり下って従
順な手下の顔をする人。
どちらも、上下の心地よい関係を作るだけで、そこに建設的な意識はないのです。
その人の課題はその人が立ち向かって解決する。
その人が取り組みことを、自らの決意で決心する。
それを周囲は励ます、出来た時は褒めるのでなくたたえる。
これを学んでから、会社内や外部のメーカーさんにもアドバイスしやすくなりました。
トライするかどうかは相手の課題。過剰な踏み込みは厳禁です。
熱血教師の錯覚
適度な指導、これがなかなか難しいのです。昔から見ているドラマの設定は”熱血””情熱”の
ある監督や教師がモデルです。過剰なまでの生徒への働きかけやお世話をした上に、「俺の
気持ちがわからないのか!」とゲンコツまで振るう、自分の気持ち優先主人公です。

正しいと思うことは、相手の領域にまで踏み込んで熱く伝えるのが熱血先生。「これは完全に
間違えている、心情的には合ってるようで、テリトリーに踏み込まれた側はそうは思っていない
。」そう学ぶまでに相当な回り道をしていました。
「言葉かけ」練習帳

この本を知ったのは、子供は大きくなった後でした使いこなせているとはとても言えないのです
が、大人になっても有益とおもいます。
例えばこういう場面
▪子供の準備が遅くて出かけるのが遅れている
親の表現「早くしなさい!いつも遅いんだから」
アドラー式「急いでもらえるかな。みんな困っているよ」
▪近所の人に挨拶しない
親の表現「もう小学生なんだから挨拶くらいしなさい」
アドラー式「人に会ったら挨拶しよう!とても大事なマナーなんだよ」
▪つい兄弟と比べてしまう
親の表現「お兄ちゃんはもっと頑張ってたよ」
アドラー式「あなたは○○が得意みたいね。○○を頑張ったんだね。」
例文だけで表現するのは難しですが、相手の領域に入り込まない。子供でも部下でも相手の
空間を尊重するのです。相手を尊重するというのはいうは易しで、慣れないうちは自分の子供
を、何か他人のように扱う気がしてモヤモヤするとこはあります。
私の経験では、この方法を使う場合、知ってる人よりもあまり知らない人への場合のほうがは
上手くいきます。それは知らない人の方が、相手を自分で力でコントロールしようとする”欲”が
ないからだとおもいます。
コミュニケーションや子育てが上手な人には憧れがあります。上手くいかなかった経験があるので
、アドラーに魅力を感じているのだと思います。今年の夏にアサーティブのコーチ資格を取るのも
(許可されれば)同じ動機です。コーチングはこれからのライフワークにしていきたいと思ってます。
ここまでは、この夏前に書いた記事です。コミュニケーションを自分のライフワークにしようと
思った原点の記憶です。最初にアドラーのコミュニケーションの距離を学び、そのご仏陀の「反応し
ない心」でマインドフルネスを知り、アサーティブで自己肯定力の大事さに目覚め苦手だったコミュ
ニケーションに自信を深める様になって来ました。
どの考え方も今の組織で必要とされていることも知りました。この学びをライフワーク、起業独立に
つなげていきたいと考えています。今日はそんな私の思いのルーツについて書かせていただきました。
ではまた次回








